気楽に生きたい人にはオススメ!江戸時代人のような生き方

「使命」とか「生きる目的」とか、江戸時代人は考えなかった

『逝きし世の面影』を読んで、江戸時代や江戸時代に生まれ育った明治初期の日本人について学んでいると、

  •  彼らがいつも笑っており
  •  子供と一緒に遊び
  •  諍いをすること少なく
  •  真面目に働き
  •  時間に縛られることなく自由に生きて
  •  ひょうひょうと世の中を渡っていた

ように感じます。

なぜ、私たち現代人は彼らのように生きられないのでしょうか?

それは、我々と江戸時代人との大きな違いの一つに、「近代的自我」のあるなしがあるからだと思います。

 

江戸時代人には「自我」がなかった

近代的自我とは一見難しく見えますが、「自我」ですから「私」の意味です。

近代とは、簡略すると「江戸時代以降の」という意味です。

つまり、江戸時代人と我々の違いとして、江戸時代人には我々が持っている「自我」はなかったということです。

もちろん、「私」「拙者」「みども」「余」「わし」「おいら」「おら」「あっし」など、自分を指す言葉はありましたが、自我は意識されていませんでした。

田中家の一員であるとか

加賀藩の一員であるとか

日本国の一員であるとか

町人ならば、平助長屋の一員であるとか・・・というふうに自分のことを思っていたわけです。

 

自我がなければ、自分について考えなくても良い

私たちも、中学生以前の子供時代には、「私とは誰か?」とか「私が生まれてきた意味は何か?」とか「私の人生の目的は何か?」とか「私の使命」などについて考えなかったと思います。

成長するにつれて、私たちは自分について考え始め、答えが出ない人は何歳になっても「自分探し」をすることになります。

 

江戸時代人の人生は・・・

少なくとも江戸時代の人は、「何をするために生まれてきたのか」を考えずに生涯を過ごすことができました。

それは、武士の子は武士、大工の子は大工になると決まっていたからかもしれませんが、そもそも「私」について考えることがなかったのです。

生れてこのかた、名前を呼ばれれば「はい」と答え、

「こちらにおいで」と言われれば、行き、

「薪を割っておきなさい」と言われれば薪を割り、

お腹がすけば食べ、夜になれば眠り、朝が来れば起きる。

それが人生だったのです。

年頃になれば、紹介された人と結婚し、

子供が生まれて親になり、

家業を継いで仕事をし、

老いては隠居して、死ぬ。

ほかの生きようなど考えないのです。

明治時代に入って色々な選択肢ができてから、私たちの人生は複雑になり、「もっと自分に合った生き方があったのではないか? もっと成功できたのではないか?」と疑うようになったと言っても過言ではないでしょう。

 

自分探しに疲れたら・・・

もう一度、江戸時代人のように人生を受け取ってみてはどうでしょう?

選択肢について考えず、今している仕事や、人から期待されている役割に集中してみるのです。

何も疑問を持たずにやりきってみたところで、また見える世界が変わるかもしれません。

 

 

 

 

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主婦起業を応援する「起業専門タロット占い師」です。 忘れっぽくても目標を見失わない! 決意と行動をひも付ける手帳「nicca branding diary」も制作しています。