【北秋田市観光スポット紹介】伊勢堂岱(いせどうたい)遺跡♡ 縄文文化は日本人のルーツだと思います

今日は快晴で、澄み渡った青空が秋めいた日でしたので、夫と「伊勢堂岱縄文館」(国指定史跡 伊勢堂岱遺跡)へ行って来ました。

 

国指定史跡 伊勢堂岱遺跡

 

伊勢堂岱遺跡(いせどうだいいせき)とは・・・

伊勢堂岱遺跡は標高40~45mの台地上に位置する縄文時代後期前半(今から約4,000年前)の大規模な祭祀場です。
平成7年度、大館能代空港アクセス道路建設に先立つ発掘調査で発見され、環状列石や配石遺構、掘立柱建物跡、土壙墓、捨て場など、多くの祭り・祈りの施設が見つかっています。
遺存状態がよく学術的価値が高いことから、平成13年1月、伊勢堂岱遺跡は国の史跡に指定されました。
◆平成28年度4月23日より
伊勢堂岱遺跡資料館の「縄文館」が完成。 (月曜日休館日)

「あきた北ナビ ポータルサイト」より引用

 

伊勢堂岱遺跡は、5月にクマが出没したために閉鎖されていましたが、クマよけの爆音発生装置を設置して、7月16日から一部を開放したという経緯がありました。

行ってみたいと思いつつ、延び延びになっていたのですが、本日昼食を外で摂るついでにでかけてみたのです。

 

アクセス

  • 秋田内陸縦貫鉄道小ケ田駅より徒歩5分
  • JR奥羽本線鷹ノ巣駅より車で15分
  • 大館能代空港より車で5分 (大館能代空港には羽田空港から1時間15分で着けます)

 

ガイダンス施設縄文館

縄文時代に興味がある人にとっては、とても楽しい場所だと思います。

遺跡には「縄文館」というガイダンス施設が常設されており、出土した土偶・土器の展示品を写真で撮ることもできるんですよ。

写真撮影禁止の博物館が多いなか、画期的なサービスですよね。

縄文館は、展示室、体験コーナー、ミュージアムショップ、トイレなどを備えた施設で、遺跡の保存・活用・公開の拠点となります。
展示室には伊勢堂岱遺跡や市内の縄文遺跡から出土した土偶・土器など約300点を展示し、遺跡をわかりやすく説明した映像をみることができます。また、体験コーナーは、小規模の講演会を開催したり、勾玉や土器づくりなどの体験ができるスペースになっています。

北秋田市のホームページより引用

 

◆ 開館時間

9:00~17:00

 

◆ 休館日

  • 毎週日曜日(ただし祝日と重なったときは、その次の日)
  • 年末年始(12月29日~1月3日)

 

◆ 展示観覧料(団体は10名以上)

  • 大人200円(団体:150円)
  • 高校生以下無料

 

※ 伊勢堂岱遺跡の後悔期間は4月下旬から10月まで

 

縄文時代とは

縄文時代は新石器時代

日本で言うところの「縄文時代」とは、石器時代の終盤と重なります。

細かく言うと旧石器時代よりあとの「新石器時代」であり、石器も磨いた石器「磨製石器」を使っていたり、土器が使われたりという特徴があります。

 

縄文時代は温暖だった

縄文時代の気候は温暖で、北秋田・青森・北海道なども今よりも暖かったのだそうです。

でもなければ、掘っ立て小屋で住めませんよね。

温暖化が叫ばれる現代、「今までいなかったイノシシやニホンジカ」の姿が北秋田市等で見られ、農作物の食害などもニュースになっていますが、縄文時代も現代並に暖かかったのか、イノシシもニホンジカも生息していたのだそうです。

写真は、イノシシの土偶の写真。

この可愛い像を縄文人が作ったって信じられます?

 

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クリを栽培し、土器を使った縄文人

縄文人は、クリやクルミなどの木の実を採ったり、イノシシなど動物を狩って暮らす「狩猟採集生活」をしていました。
一般的に狩猟採集民は定住しないものですが、縄文人は、自然に落ちている木の実を拾うだけでなく、計画的にクリの林を栽培するなどして、一定の土地に定住して過ごしていました。

縄文時代が旧石器時代と区別されるのは、縄文人が土器を使ったからです。

土器を使って、食料を煮炊きすることができるようになったことは、画期的なことでした。

アクが強くて食べられなかった植物を、茹でることでアク抜きして食べられるようになったり、生肉に火を通すことで保存ができるようになりました。

 

現代日本人の祖である縄文人

インターネットで世界がつながっている現代に、新石器時代に興味を持つ人は少ないかもしれません。

しかし私は神戸に帰省中、三宮のジュンク堂で『神戸のアイヌ語地名』という本をみつけて購入しました。

神戸市内に現在残っている地名、「神戸(こうべ)」「須磨(すま)」、私の生まれ育った「葺合(ふきあい)」(現在:中央区)なども、すべてアイヌ語地名であるという本です。

この書籍の感想については稿を改めることにして、今回は書きませんが、「縄文時代」(紀元前15000年~紀元前950年くらいまでの期間)の言葉と感性は、現代日本人に受け継がれていると確信できました。

「日本人とは、何をもって日本人と言うのか?」は、私の研究テーマの一つですが、他の民族と決定的に違う日本人ならではの感性は、大陸からやってきた弥生人にではなく、縄文人にルーツがあると思うのです。

 

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土壌が酸性であるため、人骨や木製品などは残っていない伊勢堂岱遺跡ですが、祭祀が行われたのではないかと思われる環状列石から、遠く白神山地を望んでいると、山々に神を感じて祈っていた縄文人の心を少しだけ感じることができました。

 

出土品の写真

 

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縄文遺跡が家の近く(車で10分)にあることの喜び

日本人のルーツについて考えるのが大好きな私が、自宅から車で10分くらいのところに縄文遺跡のある土地に住めたことは、とてもラッキーでした。

秋田県には、この「伊勢堂岱遺跡」のほかに、鹿角市十和田に「大湯環状列石」という縄文遺跡があります。
大湯のほうが規模が大きく、掘っ立て小屋のレプリカも建っていて、縄文時代にタイムスリップしたような気分を味わえますよ。

現代にいながらにして、縄文時代と行き来できる秋田に住んでいられる間に、世界に類を見ない独特の日本人の感性と、縄文人の感性の繋がりについて考えをまとめて、ブログ記事を書きたいなと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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主婦起業を応援する「起業専門タロット占い師」です。 忘れっぽくても目標を見失わない! 決意と行動をひも付ける手帳「nicca branding diary」も制作しています。