2017年。エネルギーの周波数が上がって来ている。高い次元にいる私と3次元にいる私の対話(詩のようなもの)

なんと中途半端なところを漂っているのだろう、私は・・・
 
”3次元に浮かんでジタバタしている私の背中を見ている私”は言う。
 
この世に生まれる前にも”私”はおり、地上で死んだあとにも”私”はいる。
 
”私”は私に言う。
 
「もっと高いところから、命の流れを見よ」
 
「つながって、続いている、一枚の布のようなフィールドを見よ」
 

「3次元以上の次元を含めて見えるところまで、高く上れ」

 

 
タロットカードでひとの人生の流れを見る時、
私は”私”のように高い位置から、その流れを見ることができる。
 
ある意味”神の視点”に近いところから見ると、事柄の一面を捕らえて
「善だ」「悪だ」とレッテルを貼ることに意味がないということがよくわかる。
 
すべてはエネルギーの流れであって、一つの事柄にも面はいくつもあり
一つのレッテルを貼れるものではないし、貼ってしまうと意味を取り間違えてしまう。
 
例を上げれば、水の流れだ。
水の流れは一つのエネルギーであり、田を潤すと同時に、家を倒し
人の命を奪うこともある。
 
人ができることは、そのエネルギーを生かし、エネルギーに沿い、
エネルギーと共に生き、死ぬことだけなのだ。
 
ある時点で何かをする、何かをしないという選択は、それほど重要ではない。
なぜなら、そのときの選択がそれ以降の全てを変えてしまうということはないからだ。
 
分岐点は何度もあり、何度も選択するうちに、するべきことは全てすることができる。
 
”私”は私に言う。
 
「一瞬でも高いところから地球を見たことがあるなら、わかっているはずだ。
なぜ、わからないレベルに漂っていようとするのか?」
 
 
「あなたはもう既に見たのだ。それが見えない人たちに伝えるべきではないのか?」
 
 
「あなたの道は平坦で、つまづきの石はすべて取り除かれている。
あなたが転ぶときには、助けの手が必ずある。
それを知っていて尚、何を恐いと言うのか、私には理解できない。」
 
「常に高いところにいて、すべてのエネルギーの変転を眺められるところにいたら、私も恐いとは思わないでしょう」と私は答える。
 
 
「私は見たことはありますが、いつも見えているわけではありません。
むしろ、私の目は見えないのです。」
 
「それならば、あなたはすでに高いところに上る梯子を持っている」”私”は言う。
 
 

 
 
 
「ずっとタロットを手に持っていなさい。
あなたの中に天上のエネルギーが流れるように。
あなたが高いところに上れるように」
 
 
「中途半端なところで漂っていてはいけない」”私”は言う。
 
「あなたがそこにいることで、エネルギーの流れが滞っているのを感じるでしょう?」
 
「どれほど『しない』と選択しても、必ず『する』ことになる選択肢があります」
 
 
「限界を感じているなら負けなさい。手放しなさい。
あなたの胸に穴を開けて、エネルギーを通しなさい。
 
ダムは決壊し、水は流れる。
あなたが「あなた」だと思っている仮の自分が壊れることを許可しなさい。
 
 

 
 
それは本当の「あなた」ではありません。
肉体的な反応を、本当のあなただと勘違いしているだけです。
単なる反応で、実体はないのです。
実体はないので壊れても痛みはないし、恐いことはありません。
 
タロットカードを手に持っているだけで、あなたには天からのエネルギーが通ります。
タロットの絵柄が、あなたの内奥に直接語りかけてくれるでしょう。
 
あなたはエネルギーの流れを見ることになり、恐怖感を無くすことができるようになる。
 
あなたは「私」と一体になることができる。
 
もう「私とあなた」ではなく、私になるのです」
 
 
恐怖のない?
 
「恐怖の無い状態です。
 
選択肢はすべてテーブルの上に置かれ、自由に選択し、遊ぶことができます」
 
 
遊ぶ?
 
「そうです。苦しむためではなく、楽しむための人生です。
努力も研鑽も、苦しみではなく喜びを感じながらできるようになるでしょう。
 
あなたがエネルギーを遮っていることを、私はもう一瞬たりとも待ってはいられないのです」
 
 
 

 
 
 
なぜかはわからないけれど、私の後ろでどんどん退路が絶たれている気がします。
もう前に向かって飛ぶしかない。
『マトリックス』のネオのように。
 
2017年に波動が上がるというのは本当のことだったのでしょうか。
 
 
                                  伊勢久楽 ミサ

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