【女が働くときに必要な夫との真実の関係】宇多田ヒカルの『俺の彼女』と、『べっぴんさん』(27)から感じたこと

夫と妻の関係

 

 

『俺の彼女』から聞こえてくる、女性の心の叫び

 

私だけれど私じゃない

アルバム『ファントム』を聴いて、宇多田ヒカルが率直に歌詞を書いたために、「女性の気持ち」があふれているように感じました。

特にそう感じたのは『俺の彼女』の歌詞です。

歌詞は「俺」から「彼女」呼ばわりされている女性の一人称で書かれているのですが、二人の関係が夫婦かどうかはわかりません。

ただ、「俺」が、彼女がどれほど都合の良い女かを語っているあとに、

「あなたの隣にいるのは、私だけれど私じゃない」

と書いてあるのを読んで、「わかるなー」と思う女性は多いんじゃないでしょうか。

 

男が、俺様気分で世界の中心にいるとき、その傍で女は気を使い、ヒカル氏の言葉を借りれば「面倒と思われ」ないように、自分でない誰かを演じているのです。

 

「バカのふり」?

私の仲間でそれを「バカのふり」と言っている人がいましたが、平岩弓枝脚本の『肝っ玉母さん』で、山岡久乃さんが演じていた「清田のお母さん」が、代表かもしれません。

Wikipediaで清田八重は「典型的な山の手婦人。天然ボケの入ったおっとりした性格で、まったく気がきかない」と書かれていますが、果たしてそうでしょうか?

「バカモン!」が口癖の専制的な夫に対し、機嫌を害さないように、何事も逆らわないよう、ひたすら「バカのふり」をしていた人だと私は思います。

 

昭和の専業主婦はつらかった

昭和40年代、ホワイトカラーの妻は専業主婦であるのが当たり前だったので、稼ぐ能力がありませんでした。そのうえ離婚は一族の恥だと思われていましたので、実家に帰ることもできず、一度嫁いだ以上は、ひたすら夫の気に入るように、あれやこれや「自分ではない誰か」を演じていたのでした。

現代では、離婚は恥でもなんでもなくなりましたし、主婦のほとんどが勤めたり起業したりして、お金を稼ぐ能力をもっています。それでも、男女の関係においては、女は「余計なことを言わない、自分で考えない、気の良いノータリン」を演じているのではないでしょうか?

 

宇多田ヒカルが開いた、新しい時代の夜明け

宇多田ヒカル氏が書いた『俺の彼女』の歌詞のすごいところは、そんな「狐と狸の化かし合い」みたいなニセモノの関係で良いのか?と、考えはじめた女性の内面を、てらいなく歌っているところです。

宇多田ヒカル氏は、男性(たぶん、現夫)に向けて、次の言葉を発しています。

 

カラダよりずっと奥に招きたい 招きたい

カラダよりもっと奥に触りたい 触りたい

 

 

私は宇多田ヒカル氏が、現在のイタリア人の夫とうまく行っていないとか、そんなことは思っていません。

というよりも、こういうすれ違いというか、ぴったりと体を合わせて寄り添っていても心が違う次元にいるという関係は、ごく普通のことだと思います。

男女は昔から、深い河に隔てられていると言われているじゃないですか?

 

男性中心社会の中で、男が発する怒鳴り声、恫喝、暴力に耐え、女性はずっとバカのふりをして難を逃れようとしてきました。
「はい、はい、そうですね」と言って、男のイライラをやり過ごし、心の内で「自分の尻くらい自分で拭けよ」と思っていたでしょう。

でも、宇多田ヒカルのような人が立ち上がり、「そうじゃないんだ」と、「もう、ふりなんてやめて、正直に人間として、男性と向き合いたい」と、心の声を歌にしました。

この歌が人々の心に影響を与えて、もしかしたら、男女の関係が化かし合いではない、真実の関係になれるかもしれません。

そんな新しい時代の夜明けを感じます。

 

『べっぴんさん』における、良子と勝二の夫婦関係

 

朝ドラ『べっぴんさん』(27)では、主人公の友人、良子のところへ出征していた夫:勝二が帰って来ました。

二人の間には15歳の年の差がある設定で、良子が見合い結婚の夫のことを好きかどうかは、疑問でした。

というよりも、子供もいる身で「もし、戦争が無ければ大学に行って、そこで知り合った人と大恋愛して駆け落ちしていたかも」という空想を、楽しそうに語っていた良子の様子から、それほど好きな夫ではなかったのではないかと想像していました。

そこへ、夫が帰ってきて、滅多に手に入らない配給の鮭を夕餉に出したら、「ワシのために特別なことする必要ないで」と言われ、黙ってうなづく良子。

良子もまた、夫:勝二の帰宅により、「本当の自分ではない、都合の良い嫁」の役を演ずるようになるのだなと思えました。

 

もっとも『べっぴんさん』という物語は、主婦が起業して活躍するのを夫たちが支えるという物語なので、いずれ、良子も本当の自分として、一個の人間として、夫:勝二と相対し、真実の関係を結んでいくのでしょう。

 

まとめ:「ふり」をやめれば、愛と成功を手に入れられる

 

 

妻が起業したり、フルタイムで働いたりするとき、夫と真実の人間関係を結ぶことは、とても重要なことだと思います。

一個の考える人間として妻は生きており、知識を蓄え、自分で行動しようとしているとわかったとき、「バカのふり」をしている妻に感じるよりも、もっと深い、同士としての愛情を感じることでしょう。

夫と二人三脚になることで、仕事に社会性を持たせることができ、成功しやすくなると思います。